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結婚式の参列なんて久しぶりだなぁ、なんて思いながら隣で親しげに話す女性に微笑みかける。いい式でしたねなんて言いながら。〇〇先生ですよね、ファンなんです。からはじまり、新郎新婦との関係性や、仕事の話なんかを当たり障りなく話す。一通り穏当に盛り上がったあたりで切り上げようとしたけど、彼女の配偶者が現れたことで自己紹介がまた一から始まってしまった。二人とも左手に落ち着いたデザインの指輪がはまっている。あ、いいな。と素直に思った。
「圧か?」
「なんの?」
「……いや、なんでもねぇ」
テーブルに広げたカタログを見て男が鼻白む。ブライダルジュエリーの厚い冊子を取り上げて、どうでもよさそうな表情でパラパラと捲っていた。
「指輪買おうと思って」
「また突然だな」
「いっつもつけてられるシンプルなリングとか一個欲しいなって。形見にもなるじゃない」
形見の譲り先がないけど。KEI先生や一巳くんくらいはもらってくれるだろうか。
しかしこういうカタログって紙やデザインが凝ってるんだね。高級感があって綺麗だ。
いらないのについドレスのカタログとかも取り寄せてしまった。TETSUも凝り性なので、冊子の質感を指でなぞりながら「なるほどなぁ」と納得した様子だ。
「んー、でも私の誕生石微妙だなぁ。TETSUさん何月生まれ?」
告げられた月の誕生石を見る。まぁ、悪くないな。私の誕生石より良い。TETSUさんは鋳造製法のページを見ている。
「シンプルなのがいいんだよね」
「大体わかった」
パタンと冊子が閉じられる。ん? なにが?
一か月後、夕食の席。
すっとテーブルに置かれたリングケースを見て驚愕した。
この、男全然わかってないじゃん!!
「おねだりしたわけじゃないんですが!?」
「お前、女が自分で指輪買うとかよ……なんか……」
珍しくちょっとばつが悪そうなところが本気の気遣いらしくてむかつくな。自分の稼いだお金で自分のリングを買って何がわるいのだろうか。発想が昭和すぎるぞドクターTETSU。あと私がすでに発注してたらどうしたんだろうこれ。報連相してほしい。
「……気に入らねぇか?」
「そうとは言ってない! ありがとね!」
どの指のサイズ? と尋ねると、ちゃんと嵌めてくれた。闇医者のアフターサポートは完璧だ。
「ありがとう、うれしい。でももうしないでね」
シンプルで少し無骨な、でも愛らしいデザインだった。この人私はこういうのが似合うって思ってるんだね。薬指に嵌められた金属をもう片方の手でなぞる。
遠ざかる男の手を両手で包んで、もう一度「ありがとう」と告げる。見上げた男は少し戸惑った顔をしていた。こういう時どういう顔したらいいかわかんないんだね。
後日、眠っている間に枕元に置かれた小さな箱を見てTETSUはぐうの音も出ない様子であった。正確にはちょっと唸っていた。寝ている間に嵌めてあげてもよかったんだけどね。サイズも寝てるときに測ったし。選んだのは、この男には少し華奢な気もする細身のデザインだ。内側にピンクの石を嵌めこんでいる。可愛いから。
「お前……嵌めれんぞ俺は。仕事の邪魔だ」
「せいぜい失くさないようにね」
「保証はできねぇなぁ」と言いつつも、置いていきはしなかったのでそれで十分だった。